みのりが権頭真由さんを知ったのは一昨年の秋でした。彼女ともうひとりのアコーディオン奏者とで組んでいるユニット、momo椿*のコンサートを聴きにいったのがきっかけです。そのコンサートが行われた会場には立派なグランドピアノがあって、まず最初にそのピアノを使ってふたりが連弾したのですが、その曲が始まってすぐに、それがみのりにとって大切なものであることがわかりました。それから演奏される曲はどれもみのりの好みに合うものでしたが、とりわけ真由さんのうた声に心奪われたのを今でも鮮明に覚えています。

休憩中におふたりとお話をすることができ、一番最初に演奏されたピアノの曲は真由さんがまだ中学生の頃に作った曲で、本来はもっと長いけれども今は譜面も見つからないとのことでした。またみのりはコンサートに先立って彼らのCDを買って聴いていたのですが、その内容もフランス近現代作曲家、ノエル・ギャロンのソルフェージュのための曲を集めたものであったことが彼らに興味をもった大きな理由のひとつです。みのりはラヴェルと同時代以降のフランスの作曲家をいろいろ探して聴いていてノエル・ギャロンもその中のひとりだったのですが、ソルフェージュという音楽教育のための曲はなかなか一般には知ることができなく、しかもそれが短いけれどもとても美しい作品ばかりでしたから、みのりにとってはとてもうれしい発見だったのです。ですからそのことについて聞いてみましたら、彼らが東京芸術大学出身でありそこでの授業で使われていてそれがとても幸せな時間であったと真由さんが遠くを見るような感じで答えたのですが、そう話す真由さんの佇まいも魅力にあふれていました。

そのコンサート以降、みのりはmomo椿*も含めて真由さんのいろいろな活動を機会があるごとに見てきましたが、プロジェクトごとにとてもさまざまな顔をもつことにとても驚きました。しかしそのどれもに真由さんの存在が大きく認められ、いつしかそれらを聴く時に真由さんの音を抜き出して聴くようになっていました。そこであるときみのりは真由さんにこう提案しました。「ソロ活動をしましょう!」それが今回のコンサートの直接的なきっかけとなりました。

今回のコンサートはみのりがコーディネートしましたが、内容はすべて真由さんにお任せしました。何も制限のない状況で産まれる真由さんの世界が見たかったからです。そして実際にそれが目の前に現れた時、それはそれまで漠然と思い描いていたみのりのイメージとは大きく違っていたので大いに驚きました。

ステージにはトイピアノとカリンバと小物が置かれ、少し離れたところにアコーディオンが置かれていました。真由さんが登場すると呪文のように意味のわからない言葉が発されてコンサートが始まりました。最初はアカペラで歌われ、両腕をからめるような動きも加え、その時点でなるほどこのコンサートはいわゆる音楽だけではなく、パフォーマンス的側面も導入されたものになるのだということがわかりました。それからトイピアノを弾き、その中から紙で作ったバレリーナが現れ会話をし、カリンバを弾き、しばらくしてようやくアコーディオンを抱えました。曲は切れ目なく続き、観客は次に何が起こるかわからないステージを息をひそめてじっと見つめていました。

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やはり一番印象的だったのはその透き通ったうた声でした。とても慎ましやかであるけれどもどこまでも響いていきそうな混じりっけなしの声。極端なはなし、この声でうたわれるのであればどんな内容でも聴く理由となります。しかしさまざまな展開を見せる音楽もどれもそれにふさわしい、繊細だけれどもしっかりとした世界を築いていて、それはまったく真由さんその人を感じさせるものでした。また毎回感じることですが、アコーディオンという楽器は思った以上にダイナミクスの幅が広く、かなりエモーショナルな表現が可能です。トイピアノやカリンバではミニマルな世界を、アコーディオンではそのスケールの大きな世界を自在に描き出していました。みのりの見たかったものが想像とは大きく異なる形で実際に目の前に繰り広げられているのを見てとても感動しました。

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そして第一部が終了し、休憩の間に真由さんが自ら用意したハーブティーが振る舞われ、第二部が第一部とは対照的なフランクな雰囲気な中で始まりました。

第二部では謎めいた第一部の内容に対する質問を観客のみなさんから募り、それに答えるところからはじまりました。主な質問はコンサート中に使っていた小物は何か、パフォーマンスでの腕の動きは何を意味していたのか、語られた言葉の意味はなにかなどでしたが、それに対する答えはどれもユニークなものでした。その中で言及はされませんでしたが、パフォーマンスについては昨年momo椿*が音楽制作に招かれたイスラエルのダンスカンパニーでの経験が色濃く反映していたと思います。言葉もヘブライ語が使われていたのもその名残で、しかし最も興味深かったのは「真由語」というものを作っていてそれを使っていたという点。真由さんの楽器演奏にも見られることですが、既存のシステムにはおさまらないものまでその表現が広がっているということがここでもはっきりしました。その後数曲演奏して第二部はあっさりと終了。本人も話していましたが、やりたいことは第一部でやりつくしていました。でも見ているこちらもそれで十分な満足を得られたと思います。

さて今回のコンサートはこれから継続するシリーズの導入でした。今後もみのりは真由さんの表現を追っていき、それを披露する場を用意したいと思っています。今回見に来ていただいた方はもちろん、残念ながら見ることができなかった方にも自信をもっておすすめします。またそれ以外の真由さんの参加するプロジェクトもぜひ見てもらいたいと思っています。

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