みのりは小さい頃から音楽教室に通っていましたが、全然まじめに練習しなかったので、中学校に入ってしばらくしてピアノを中断した時点で、弾ける曲は簡単なソナチネぐらいまででした。

ちょうどそのぐらいからクラシック音楽をいろいろと聴くようになったのですが、その中でモーリス・ラヴェルの音楽が特に好きになるのにそれほど時間はかかりませんでした。よくラヴェルの音楽は同時代のフランス作曲家のドビュッシーとまとめて語られることがありますが、みのりは当時ドビュッシーの音楽にはそれほど魅かれませんでした。二人に共通するハーモニーは多くありその点で似ているといえるかもしれませんが、それ以外にみのりがラヴェルに魅かれたのはドビュッシーにはみられないしっかりとした構成力でした。

みのりは中学校の頃からずっとフルートを吹いていて、それは大人になってからも続けていたのですが、聴く音楽はほとんどピアノ音楽でした。フルートはなかなかひとりでは表現が成り立たないけれどもピアノはそれが可能、ずっとそう思っていて、数年前に思い切ってフルートをやめてピアノのレッスンを受けることとしました。

長いブランクの後でいきなりピアノを弾こうとしても、なかなかそう簡単にいくものではありません。でもいまさら昔いやいや弾いていた曲もやりたくない。そこで、音数は少ないけれども十分芸術性の高いと感じて好きな曲を練習することにしました。フェデリコ・モンポウの「内なる印象」やデオダ・セヴラックの「休暇の日々」から何曲かなど。

しかしやっぱりラヴェルの曲を弾いてみたいなぁとずっと思っていました。でもピアノをやっている人はご存知の通り彼の曲は難曲ばかりです。ぱっと聴いただけではあっさりとして簡単そうに思っても、いざ弾こうとすると難しい。そんな曲ばかりです。でもみのりでも太刀打ちできそうな曲が少しだけありました。その中のひとつが「前奏曲」でした。

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この曲は1913年にパリ音楽院の学生のために書かれました。たった27小節の小曲ですが、臨時記号が多く、中間部ではオクターブで推移するメロディを弾く右手を覆う形で左手が遠方に響く和音を弾くといった技術的に少々苦労するところがあります。しかしそこに描かれる音世界はまさにラヴェルのそれであって、他の作品と比べて全く引けをとりません。

ラヴェルは自分の曲を自分の意図から外れるような演奏を極端に嫌いました。すべて譜面通りに演奏することを演奏者に求めたのです。しかしこの曲の演奏は弾く人によって形が大きく異なります。それは譜面の冒頭に書かれた「自由なリズムで」によるのでしょう。しかし大事なところはすべて譜面に記されている。それに従って弾けば自然と音楽になるところが素晴らしいです。

みのりは今月この曲を発表会で弾きます。ようやく全体の構成や和音などが頭に入って音を間違いなくなり、一方で音の強弱もなんとなく思い通りになるようになって、気持ちよく弾けるようになったのですが、それで先生に聴いてもらったところ「それはやり過ぎ。後期ロマン派の表現、まるでブラームスのよう」と言われてしまいました。いつの間にか表現が過剰になっていたのです。フランス音楽は移ろう感じはあっても、それはあくまで自然な流れに沿っていなければならないのです。それを意識して弾いたら、なるほどラヴェルの音楽になりました。本番でもこれを出せればと考えています。

さて、みのりはこの後ももう少しラヴェルの曲に挑戦したいと思っています。「ボロディン風に」と「ハイドンの名によるメヌエット」です。どちらもとても好きな曲ですが、特に「ハイドンの名によるメヌエット」はラヴェルの音楽の持つ様々な要素が凝縮されていると思っているので、なんとかこれは弾けるようになりたいです。