みのりは絵を見るのが好きですが、その中でも江戸時代後期以降の日本画を見るのが特に好きです。そのきっかけは2006年の夏に東京国立博物館で開催された「プライスコレクション 若冲と江戸絵画」展を見たことでした。また同時期に皇居にある三の丸尚蔵館という小さなスペースで伊藤若冲の「動植彩絵」を見たのも大きかったです。みのりは大学で美学美術史学を専攻していましたが、それまで日本画の知識はほとんど皆無でした。また大学時代、絵をまるで謎解きをするかのように見なければならないことにほとほと疲れていましたので、卒業後は美術館に行くことはめっきり少なくなってしまいました。

しかしこの二つの展覧会を見たことで絵を見ることに再び熱中するようになりました。というのもこれらの展覧会で展示されていた作品群は何も考えなくても文句なしに面白く見ることができたからです。例えば伊藤若冲の作とされている「鳥獣花木図屏風」のあの斬新さは今の時代でも十分アピールするもので、事実今や多くの人に認知されているでしょう。それ以外でも若冲の作品はとても緻密な着色画や抽象性が際立つ墨絵などどれもがそれまで漠然と持っていた江戸時代のイメージとはかけ離れたもので、それらを見てみのりはすっかり興奮してしまいました。

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東京国立博物館で開催された「プライスコレクション 若冲と江戸絵画」展は、アメリカ人のコレクター、ジョー・プライスさんの日本画コレクションの里帰り展覧会でした。プライスさんは確かに素晴らしい若冲の作品を多数所有されていますがそれはコレクションのごく一部で、実はそれ以外の多数の作品のどれもがクオリティ高く、それだけプライスさんの眼が確かであることを証明しています。みのりはこの展覧会を地方の巡回まで追いかけて行って結局4回見に行ったのですが、これほど熱狂したの大きな理由は実は若冲ではなく、長沢芦雪の「軍鶏図」に魅了されたからです。

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長沢芦雪は江戸時代後期の京都の中心的な画家である円山応挙の弟子で、応挙直伝の正確な写生を早くから身につけた後に独自の奇抜な表現へと至った画家です。彼は動物をよく描いていますが、特徴的なのはその表情がなんとも人間くさいこと。しかもそれは芦雪その人を感じさせるもので、この「軍鶏図」に描かれた軍鶏もひとくせありそうな感じです。そして振り向きざまに鋭い視線をこちらに向けている。みのりはこの視線に射抜かれてすっかりやられてしまったのです。

また、円山応挙の「懸崖飛泉図屏風」も素晴らしくて、そこから離れることがつらく感じるほど感動しました。

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現在までいろいろな作品を見てきましたが、この作品は応挙の最高傑作というだけでなく絵画における最高の作品のひとつと言っていいと思います。円山応挙は西洋から伝わった眼鏡絵の制作を行っていたことからもわかるように、三次元の世界をいかに表現するかということに意識的だった絵師です。この作品では余白をうまく利用することなどによって西洋的遠近法とは異なる技法で遠近感を演出しただけでなく、屏風の形状を配慮し、近景を凸部分、遠景を凹部分に配置することによって、実際に屏風として置かれた状態で描かれた風景の深い奥行をより意識させるといった工夫までしています。そうやって描かれた世界はひたすら深淵で静謐なもの。この作品に対するみのりの評価に同意してもらえると思います。

プライス・コレクションの中にはもうひとつ応挙の作品があります。それが「赤壁図」です。

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この絵はかつての中国で詩人の蘇軾が友人とともに長江に船を浮かべて赤壁に遊んだところを描いていて、多くの絵師がこの画題で作品を残しています。その大部分が雄大な赤壁の風景全体を収めたもので、例えば長沢芦雪の場合もそうです。

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しかし応挙はそうはしていません。横に長く画面をとり対角線上に崖岸を置くことにより雄大な長江の流れやそこから上にそびえ立つ岩山の連なりを暗示させる。つまりほかの画家が描き切ろうとしたものを描かずして描いているのです。ここに応挙に特徴的な素晴らしい技術が表れています。

この展覧会ではさらに重要なことがありました。それはいくつかの作品がガラスのケースから出された露出展示だったこと、さらにそれらにあてる光は朝から昼、昼から夕方へと変化する自然光を模した照明が使われたことです。これはプライスさんの強い意向であり、その意図は「江戸時代には蛍光灯はなかった。描く人も見る人も自然光あるいは和蝋燭によっていたはずだから、そのようにして見なければわからない。」というもの。露出展示は保安上の危険も伴いますし、照明機器の設置もコストがかかり、他の展覧会では今でもほとんど見られないものです。しかしプライスさんがそのことを要求してくれたことで、従来では考えられないほどの絵を見る楽しさをより得ることができました。あたる光が違うと絵も驚くほどその表情を変化させるのを目の当たりにして、みのりは今まで見てきたものは一体なんだったのだろうとさえ思いました。例えばそれまで琳派の作品は金の色がケバケバしくて好きになれなかったのですが、朝の光をあてることにより金地がスーッと奥に引いて、描かれているものだけが浮き上がり、なるほどこういうことだったのかとわかりました。それにより以降は琳派の作品も頭で補正しながら見て楽しむことができるようになりました。

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みのりはこの時に円山応挙と長沢芦雪を中心とした江戸時代後期の江戸絵画、そして自然光やあるべき環境での体験という決定的なキーワードを得て、それ以降これまで日本のあちこちに出かけていきたくさんの絵を見てきました。しかしその話はまた別の機会にしたいと思います。

おととし、東北の被災地をめぐるプライス・コレクションのまさかの再巡回がありました。みのりは、前回から今回までに重ねてきたたくさんの体験の上で改めて直にプライスコレクションを見る機会ができたことに驚喜し、仙台まで前期・後期と見に行きました。この間の自分の眼の成長が作品鑑賞にどのように影響するのかなと少々不安も感じていましたが、果たしてプライス・コレクションのクオリティはやはり格段に高いものであったと再認識する結果となりました。どの作品もじっくり見るべきものばかりで、そのほとんどが前回と同じ作品であっても得られる感動は新鮮で、このかけがえのない時間をじっくり堪能しました。これほどの作品群が今後まとまってみる機会がないのはさみしいことだと思います。

みのりには今密かな野望があります。それはロサンジェルスのプライスさんの自宅へ行き、彼とともにコレクションを見させていただきながらお話を交わすということ。プライスさんのコレクションによって絵を見る楽しみを再度持てたことについての感謝の気持ちをプライスさんに伝えたいと思っています。高齢のプライスさんが元気なうちにぜひ実現させたいと考えています。