京都市学校歴史博物館で開催されている「日本画開拓の時代ー明治を生きた京の画家ー」展を見てきました。

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みのりは以前から幕末明治期の歴史の激動期に生まれた日本画に特に興味を持っていましたので、この展覧会はとてもうれしいものでした。しかし幕末明治期で特に江戸時代からの流れの延長で生まれた文化についてこの国での扱いは未だ不当に低いものであると言わざるを得ず、一般にはほとんど無名である画家たちの作品ばかりを集めて展覧会を開くということはとても困難をともなったのではと想像されます。それでも開催に至ったのはおそらく担当された学芸員さんの地道な研究の蓄積とそれを公開するための強いエネルギーの賜物でそれは賞賛されるべきものと思います。そして集められた作品はどれも実際強い力が感じられてとても見甲斐のあるものばかりでしたから、ぜひともより多くの人に見てもらいたいと思います。そしてこのある種エアポケットとなっている時期の作品がこれからさらに日の眼にあたることを願っています。

展示されていた作品で特に気に入った作品を挙げたいと思います。

一番気に入ったのは望月玉泉「池畔驟雨図」です。
望月玉泉 池畔驟雨図 明治21~24年 長岡天満宮蔵

望月玉泉は写生を重んじながら岸派と四条派を折衷した画家として知られますが、まさにこの作品はその通りと納得できるものとなっています。奥行きを十分に感じさせる構図、そのために近景の鳥や植物を緻密に書き込み、遠景は霧を絶妙に描写し、さらにそこに墨の濃淡も加えた結果、実景を感じさせつつも独特の詩情を感じさせるあたりきわめて優れた名品だと言っていいと思います。

また森寛斎の「四季耕作之図」も素晴らしかったです。
森寛斎 四季耕作之図 嘉永5年 横山商店蔵

森寛斎の大作というのも珍しい気がしますが、少ないながらもこれまで見てきた彼の大作の中でもこの作品はずば抜けたクオリティを持っていると思います。それは各々のモチーフの描写はさすが円山派直系の正確な写生が認められてどれを見ても生き生きとしていますが、全体の中でもそれぞれがバラバラになることがなくうまくひとつの作品としてとても落ち着きが良いのです。このようなことはあまり彼の作品でこれまで感じたことがありませんでした。これも傑作でしょう。

しかし今回のみのりの大発見は久保田米僊という画家の才能でした。特に「漢江渡頭春光・青石関門秋色」は竹内栖鳳以前にこのような垢抜けた近代絵画的パノラマを達成していてとても驚きました。

久保田米僊 漢江渡頭春光・青石関門秋色 明治28年 個人蔵

今はすっかり名が知られていない画家ですが、久保田米僊はさすが幸野楳嶺や望月玉泉とともに京都画壇の近代化に努めた人です。全体的に流麗な印象のある画面ですが、その中に岩などの描線は太く勢いあるもので、それはまるで新しい日本画を目指すエネルギーを表しているようにも感じました。

また以前から度々言及している田能村直入にもやはり名作と呼べる作品がありました。「嵐山春景」がそれで、これも大作ですが緻密な描写と文人的な世界観の見事な共存が感じられて、またもや明治期の文人画の底力を認めることとなりました。
田能村直入 嵐山春景 明治17年

興味深かったのは今尾景年と鈴木松年の人物画が交互に貼られた屏風「和漢故事人物画」でした。
今尾景年-2

端正さが持ち味の今尾景年と当時「今蕭白」と称された豪快な筆が特徴の鈴木松年は対照的な存在ですが、実際この作品を見るとお互いがお互いの作風に寄せられたような奇妙な近似性を持っていました。正直これまで鈴木松年は少し苦手意識を持っていたのですが、この作品を見たことで少しその距離が縮まった気がしてうれしかったです。

これ以外にも見て単純に驚き楽しめる作品にあふれていて、明治という激動期を切り開いた京都の画家たちの層の厚さを改めて感じる良い展覧会だと感じましたが、さらに簡易的なものではありますが展示品のほとんどをカラーで収めたパンフレットが作られていたのもうれしかったです。絵画は実際に実物を見てみないとわからないものですが、しかし展覧会で見た記憶はなかなかそれだけでは長く定着しません。立派な図録でなくてもこのような記録が残されることで、展覧会が一回性のイベントだけでなくより長く後につながるものになると思うので、他のところもぜひ見習ってほしいと思います。

とにかくこの展覧会は見さえすれば文句なしに楽しいものです。ぜひたくさんの人に見てもらい、これらの今は歴史の忘却の中に埋もれてしまいそうになっている画家たちを再発見してもらいたいとみのりは願っています。