次回のピアノの発表会が来年2月の初めにきまりました。みのりはいろいろ迷った挙句、バッハのシンフォニア11番とラヴェルの「ボロディン風に」、そしてレイナルド・アーンのピアノ曲集『当惑したナイチンゲール』から「長椅子の夢見る人」を弾くことにしました。このうちレイナルド・アーンはここ数年やっとその魅力に気が付いた作曲家で、小品ではありますがいよいよ挑戦してみようと思っています。レイナルド・アーンについてはもう少しいろいろ聴いてみた上で改めてその魅力についてまとめたいと思いますが、今回はラヴェルの「ボロディン風に」についてお話しようと思います。

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「ボロディン風に」は同じラヴェルの「シャブリエ風に」とともに、有名な作曲家の作風を模して作られたものです。きっかけは同じフォーレのもとで作曲の勉強をしていたイタリア人作曲家、アルフレード・カゼッラにすすめられたことによります。カゼッラ自身も次のように8曲の「~風に」を作曲しています。
・ワーグナー風に(第3幕への導入)
・フォーレ風に(無言歌)
・ブラームス風に(間奏曲)
・ドビュッシー風に(劇の準備のための休憩時間)
・リヒャルト・シュトラウス風に(厄介な交響曲)
・フランク風に(アリア)
・ダンディ風に(苦行者の午後への前奏曲)
・ラヴェル風に(アルマンゾ、またはアデライーデの結婚)

ラヴェルが作曲した「シャブリエ風に」は手が込んでいて、グノーのオペラ『ファウスト』のアリアをシャブリエがパラフレーズしたらこうなるのでは、という2重の作りになっていて、シャブリエに対する深い敬意が現れているようです。それに対して「ボロディン風に」の方はシンプルなワルツです。しかしボロディンの作品に流れるオリエンタルな雰囲気はしっかりととらえられていて、さらにラヴェルならではの洗練が施された佳曲となっています。しかしなぜボロディンが使われたのでしょう。これについては、みのりはいろいろとこの曲の解説などを見てみましたがこのことに触れていたものは皆無でした。しかしどうもまったく理由もなくボロディンをとりあげたわけでもなさそうです。

Borodin

ラヴェルの生きた時代のパリとロシアの関係というのは結構強いものです。パリでは露仏同盟を背景とした空前のロシアブームが訪れていて、その中でディアギレフが主宰するロシア・バレエ団(バレエ・リュス)が大活躍していました。ストラヴィンスキーの「春の祭典」の有名な初演での騒乱もパリでのことでした。ここには実はラヴェルやカゼッラも居合わせていました。そしてロシア・バレエ団ではストラヴィンスキーの上の世代の作曲家が音楽を担当した作品も上演された記録が残っています。リムスキー=コルサコフとともにボロディンの「韃靼人の踊り」もその中にありました。

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ラヴェルやカゼッラは同時代の音楽家や文芸家で組織された芸術サークル「アパッシュ」のメンバーでもありました。そして彼らはボロディンの交響曲第2番の冒頭を秘密のテーマソングとしていました。もっともラヴェルの弟子の指揮者であるロザンタールによって、これは皮肉的な扱いであったことが語られています。彼らがロシア5人組の中で認めていたのはリムスキー=コルサコフの管弦楽法のみであったというのです。ともあれこれでラヴェルがカゼッラのすすめで「~風に」を作曲するにあたってボロディンを採用した状況証拠はそろった感じです。あとは動機です。

ボロディンというと現在有名な作品は「中央アジアの草原にて」と「韃靼人の踊り」との2曲です。そしてそれらを聴いて強く印象に残るのはシンプルだけど美しいメロディもしくは力強く荒々しい舞曲のリズムで、雄大なステップの風景とそこで移動しながら暮らす遊牧民や騎馬民族のイメージを喚起します。ラヴェルは「ボロディン風に」においてそのような雰囲気を完璧にとらえています。しかしボロディンの作品は2拍子及び4拍子であるのに対し、ラヴェルの作品は3拍子のワルツのリズムを使っているところが気になります。少しラヴェルの作品を丁寧に見てみましょう。

ボロディン風に(譜面)

ラヴェルの「ボロディン風に」はその構成が明確にA-B-A形式となっています。そしてAの部分では2小節を3拍でとるメロディが1小節を3拍でとるリズムに重ねられるという、単純ではない工夫が施されています。またBの部分でもメロディは1小節を3拍でとるものに変化しますが、ボロディンのフレーズに顕著な2拍目の強調を踏襲しているため、1拍目を強調するワルツのリズムとの間で効果的な緊張を生んでいます。この2つの工夫を表現するためにワルツのリズムを採用したのではないかなとみのりが考えていたところ、知り合いのピアニストから重要な情報を伝えられました。ボロディンのピアノ曲集『小組曲』の第6曲「セレナーデ」は、ラヴェルの「ボロディン風に」のインスピレーションの源泉になっているのではないかと。

セレナーデ(譜面)

そこでボロディンの曲を調べてみました。そうすると確かにラヴェルの作品との共通点が見つかりました。ひとつは使われている調性の一致。またボロディンの曲の方も3拍子でした。そしてそれぞれの第1主題において重要な音型はほぼ同じであるといってもいいものでした。しかし一方でボロディンの方は第2主題があくまで第1主題と呼応するものであるのに対し、ラヴェルの方は全く新しいテーマが挿入されています。これはやはり「韃靼人~」などのボロディンの他の舞曲を意識したものであると思われます。しかし確かにラヴェルの曲「ボロディン風に」はボロディンの「セレナーデ」との関連で生まれたものであると言ってもよさそうです。

しかしボロディンの素朴なピアノ曲を聴くことによって、ラヴェルのセンスの良さと職人的な技巧がより際立ちます。ボロディンの旋律のもつ美しさはそのままにさらなる抑揚をもたせ、また極めて高い技巧を凝らして中間部のクライマックスまで段階的に盛り上げてい様はまさにラヴェルの魔法を直に見ているかのようです。ここにみのりはラヴェルの動機が見える気がします。つまりラヴェルはボロディンの音楽がもつ基本的な美しさは素直に認めていたのではないか、しかしその素材を使った料理の仕方はいかにも野暮ったい、それでは自分がもっと美しい方法でそれを実践してみよう、とこう考えたのではないか。そう思って改めて聴いてみるととても納得がいくのです。もとよりラヴェルはこのような職人的なアプローチを常にとっていた作曲家です。ここでもその本領を発揮したというわけです。

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この曲、ラヴェルの曲の中では技巧的にやさしい部類に位置しますが、実際に弾いてみるとそうは簡単に弾きこなせるものではありません。前述のように演奏効果もきわめて高いのですが、それもきちんと弾けてこそのもの。ラヴェルの作品は他の作曲家に比べてわずかなミスでも許されない完ぺきな造形物のようです。はたしてみのりは発表会でどこまで効果的に弾くことができるのか?あと3ヵ月少々がんばりたいと思います。