みのりは大学生の頃は映画ばかり見ていました。しかもメジャーな現代のアメリカ映画などはほとんど見ずに、単館でひっそり上映している映画やヌーヴェル・ヴァーグと呼ばれた頃のフランスの映画などをよく見ました。卒業論文も映画を題材にして書いたほど映画好きでした。

しかし最近はあまり映画館まで映画を見に行くことがありません。はっきりとした理由があるわけではありませんが、ある程度まとまった時間をその映画を見るために用意することがおっくうに感じるようになったということもあるでしょう。また見たい映画を見るために、見たくもない映画の予告編を何本も見なくてはならないのも苦痛です。でもそれらを我慢してでも見たいという映画がたまにあります。今回お話する「ジミーとジョルジュ 心の欠片を探して」はそんな映画でした。

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監督はフランス人のアルノー・デプレシャン。みのりが最も好きな映画監督のひとりです。「魂を救え!」「そして僕は恋をする」「キングス&クイーン」「クリスマス・ストーリー」など、過去の作品はどれも2時間半から3時間の長尺でありながらその必然性を実感させるものでどれも見ごたえがあります。なぜなら彼の作品はわたしたちが生活しているこの世界からとりあえず切り取られた範囲の中に存在している人間たちの関係を描くのでそれくらい必要なのです。そしてだからこそ見ていてリアリティが感じられるのだと思います。またそこに現れる人物がそれぞれ個性的で魅力にあふれていることも夢中になる大きな要因です。

上に挙げた作品のほとんどに登場する、デプレシャン映画の常連俳優のマチュー・アマルリックは特に魅力的な存在です。

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彼はたいてい少々規範から外れたところのある役で現れるのですが、その演技がとても絶妙で見ているだけでつい笑いがこみあげてくるようなところがあります。今回の映画でも彼はインディアンの退役軍人の心の病を解決へと導くカウンセラー医というもうひとりの主役を演じていますが、最初の登場シーンはどうみても詐欺師。正直、今回の映画のポスターや英語で撮影されたという事前の情報にみのりは若干不安を感じていて、実際始まってしばらくの間なんとなく違和感を感じもしていたのですが、このシーンを見た瞬間そのような感覚は吹き飛び、一気に映画の世界に入り込んでしまいました。

今回の「ジミーとジョルジュ」、結論から言ってまごうことなきアルノー・デプレシャンの映画ですし、もしかしたら傑作と言っていいかもしれません。原作となった精神分析の内容などわからなくても全く問題がなく、これまでの作品よりは幾分強いクライマックスへの引力が働いているのが感じられますし、結果未熟であったふたりの主人公の自立の段階に立ち会うとき、これまでの彼の映画で感じることができたものと同等のカタルシスを得ることができます。その中でもこれまでのデプレシャンの映画の特徴といってよい、登場人物がカメラを直視して語り始めたりするなどの、ストーリーに還元できない監督のなんらかの意図を考えずにはいられない要素などももりこまれていて、これまでのファンも新しい観客も楽しめる作品となっています。

舞台はアメリカ、時代は第二次世界大戦後直後、語られる言葉は英語であっても問題はありませんでした。むしろそのことによってデプレシャンはいよいよ世界、というよりもアメリカで評価を受けるときが来たのかもしれません。彼の映画の常連であった俳優たちがアメリカでも成功して現在確固とした地位を得たのと同じように。といいつつ、次回作は「そして僕は恋をする」の続編とのこと。アメリカの成功などにみのりは実はまったく興味ないのですが、この続編は早くもとても待ち遠しく思っています。